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広島地方裁判所 昭和41年(わ)459号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四〇年一〇月頃倒産し同年一二月初め破産宣告を受けた松岡ビンクス機器株式会社の債権者であったが、同社から同年一一月頃に同社債権の集金事務の委任を受けた同社の全国債権者委員会の委員(広島地区債権者代表)として、同社広島出張所関係の債権回収の業務に従事し、別表記載のとおり、同年一一月一八日頃から同四一年二月一〇日頃までの間前後二〇回にわたり同記載の集金先から同記載の金額計七二万二二一一円を集金し前記会社のため業務上預り保管していたところ、犯意を継続して、別表一ないし九については同四〇年一二月六日頃被告人肩書住居地において前記会社の破産管財人から回収金員の引渡しを求められたのに自己の用に供するためこれを拒絶し、別表一〇ないし二〇については集金の都度これを右破産管財人に引渡すべきであるのに自己の用に供する目的で相当の期間を経過するもいまだこれをなさず、もってそれぞれ着服横領したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、まず第一に被告人には判示のごとくして集金した金員についての処分権があったから無罪であると主張し、その理由として判示会社の広島地区債権者委員会は、同会社の債権の回収権限だけでなく処分権限をも有していたのであり、その代表としてそれらの権限を行使していた被告人はその委員会の回収金員を同会社振出手形の支払期日の早いものから順に充当してゆくとの申し合わせにもとずき、支払期日の早かった自己が同会社より受取った手形の買戻し代金に回収金員を使用したものである、と述べ、第二に仮りに有罪であるとしても業務上横領ではなく単純横領であると主張しているので判断する。

一、判示会社の債権についての集金や集金金員の処分などの権限は本来会社に属するものであり、それを被告人が有しているというためには、被告人は何らかの形でそうした権限を会社から委任されなければならないところ、前掲証拠によれば全国債権者委員会を介し間接的に会社から被告人が集金事務を委任されたことは認められるが、本件全証拠によるも被告人や広島地区債権者委員会がそれ以上に集金金員の処分権までをも与えられていたことは認定しえず、かえって前掲各尋問調書によれば処分権は委任されていなかったことが認められる。したがって第一の主張は理由がない。

二、被告人の判示集金事務は、被告人が個人的に委任された事務ではなく、判示会社の集金事務を委任された全国債権者委員会の構成員である広島地区債権者代表委員としての地位にもとづき委任されたものであるから、これは業務と解すべきであり、第二の主張も理由がない。

(判示事実と訴因の同一性)

訴因に記載された横領行為は単に「着服」とあるのみで何らその具体的態様が記載されていないのであるが、横領行為というのが不法領得の意思を作為・不作為により外部的に表現する行為即ち領得行為であることからするとかかる一般的抽象的表現は不適当であり、訴因の機能から考えた明示特定性の点に疑義がない訳でもない。(東京高昭和三三年七月八日判決、高裁刑判特五巻三一七頁、大阪高昭和二四年一二月一九日判決、高裁刑判特三号六九頁、刑事判決書起案の手びき、一四四頁等参照)この点について当裁判所が釈明を求めたのに対し検察官は、日時、回数、内容の点において不特定な費消の事実を以て答えたが、これでは不明確さはともあれ費消横領と解され、(但し一部の費消により全体の着服の意思が表現された場合は別だが、本件ではこの点も不明)訴因の同一性を逸脱しており、訴因変更手続のとられていない本件ではこれを審判の対象とはなしえない。

しかしながら、前掲証拠によれば、少くとも判示のごとき態様の着服行為が認められる(もっともその間に費消の事実が存するようであるが、証拠上しかと認定することは困難である)。そして判示認定事実と訴因との相違は好ましくないものではあるが、訴因の同一性を害し違法であるとまでは云い得ないのではないかと考えられる。

(法令の適用)

判示所為は包括して刑法二五三条に該当するからその刑期範囲内で被告人を懲役一年に処することにし、情状により同法二五条一項一号を適用し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることにする。

(裁判官 笹本忠男)

〈以下省略〉

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